青い森のねぷたいブログ

青い森です。東京の某所で教職についています。教職に関することを主につぶやいていきます。

ETV特集をみています。

 ついに、うちの学校も教員が自宅勤務を命じられています。そのため、自宅での作業が増えています。

 そのため、これまで教材としてストックはしていたのだが、見られなかったものを一気見したりしながら過ごしています。

 で、最近面白いなと思うのが、ETV特集。4月1週目が、歴史の視点からパンデミックを考えるというもの。ここでは、1918年から20年に流行したスペイン・インフルエンザが特集されていました。結局のところ、未知のウイルスとの戦いは、感染者を広げないことしかできないのだ、と2020年になっても感じるところです。

 2週目が、ユヴァル・ノア・ハラリ,イアン・ブレマー,ジャック・アタリの3人が登場して、知性が語る、パンデミックとこれから、という話でした。

 一人目のブレマー氏は、今後国際社会におけるアメリカのリーダーシップは急速に低下し、中国がそのリーダーとなってくること、そのプロセスの中で米中対立が深刻化していくことを指摘。

 二人目のハラリ氏は、母国イスラエルが、コロナに乗じて非常事態宣言を使って、独裁化を図ろうとしていたことに批判。監視社会の特性について述べていました。ハラリ氏の、監視社会自体を否定はしない。それは、誰がどこでウイルス感染をしたのか、など国民に適切に情報提供ができるから、しかし、それを国民にも開くべきであり、政府が独占すべきでないという主張でした。特に、「どうしたらいいですか?」の質問に、「犬を飼いましょう」というところがよかったですね。

 三人目のアタリ氏も、こういう状況だからこそ一つの国にこもるのではなく、国際社会全体で協調していくべきだ、と主張していました。

 

 いずれにしても、「見えないウイルス」によって、「分断」が進むことで、社会自体が分断されていくことや、それによって「強い指導者」が権力を強めていくことへの危機感は3氏とも共通していたのかな、と思います。

 まさにチャーチルが述べる「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」とも通ずる話かなと思います。

 

 

 そして、先週が「7人の小さき探究者」という宮城県気仙沼市の小学校で行われた、「p4c(ピーフォーシー)」の取り組み。“philosophy for children(こども哲学)”の略称で、公民や倫理(哲学)の世界では行われている取組で、東京都の都立学校でも高校生を中心に何校か行われている取組ですね。

 

 宮城県では宮城教育大学の研究者が入って、これを組織的に行っているようで、その取組を放送していました。

 ここでは授業中に、「問い」を出し合い、みんなで話すべき「問い」を決め、それについてラウンドテーブル方式で語るというもの。話し合いのルールとしては、「相手を傷つける発言はしない」、「発言者はボールを持っている人のみ」、「話せない時はパスができる」という点があります。

 

 やはり一年やっているだけあって、小学生でもしっかり「問い」を立て、話を聞き、思考を深めている様子でした。

 特に気になったのは、「まる」という女の子でしたね。彼女が一番哲学をしている。本質的な問いをどんどん投げる。そして、自分なりに考える。職業柄、この子の投げる問いが、p4cの研究にとって重要な感じがしました。

 

 

 この取材、おそらくそんな予定じゃなかったと思うのが、コロナウイルス拡大による一斉休校。しかもその最終日が6年生を送る会の日。それを聞いた瞬間、一番悔しそうに泣いていたのが「まる」。「なんで、大人たちは子どもの意見を聞いてくれないの?」、この言葉は取材だから、まわりの大人がいるから、ではない本心の言葉、だったように思います。

 

 

 そして取材班は、7人に休校後にインタビューをしにいく。p4cのために一生懸命調べていたことをやめてしまった子、何も話せない子など、反応はいろいろ。そんな中、「まる」は時間を埋め合わせるようにゲームをしていた。そして、取材班に向けて、「大人になるってどういうこと?」と問いかける。「私って何者、と聞かれたら、みなさん(取材班)は何て答えるの?」、このインタビューの「間」が絶妙でしたね。Twitter界隈では台本っぽいと批判している中(自分はそうは思ってないけど)、自分は、「まる」と取材班のやり取りは、本当に「リアル」な対話だったな、と感じました。コロナ休校の中で、小学生が語った本音、という点でも貴重な言葉だと思います。

 

 

 p4c実践で勘違いしちゃいけないのは、大人も子どもも対等だということ。なぜなら、答えをない問題を考えるから。そして、その答えは絶対に出ない。哲学は暫定的な答えとそこから生じる「問い」の繰り返しだから。だから、「もやもや」が残る。その「もやもや」をまた調べて、答えを出そうとする、その繰り返し・・・。

 なので、先生の中には、こういう実践を好まない先生も多いだろう。なぜなら、自分が知的優位に立てないから(=「ナメられる」感覚になってしまうから)。どうしても「子ども」を「子ども」とみてしまうから。だから、ここに出てきたp4cは、中学校で実践されていなければ元の木阿弥だし、子どもによっては、「教師に歯向かう生意気なやつ」とレッテル貼りをされてしまう可能性だって高いのだ。だって、「何でなんですか?」と先生に聞き返すから。だけど、絶対に頭ごなしに否定してはいけない。その否定が子どもを傷つけてしまう。実は、p4cを、その学校だけでやることは、実はリスクだったりする可能性も秘めている。

 

 

 しかし、2020年の、このコロナウイルスの問題は、まさに日本政府だってどうしたらよいのかわからない問題である。答えのない問題なのである。こういう答えのない問題を考え、暫定的な答えを出すこと、これを繰り返していかないといけないと思う。

 そういう意味では、このETV特集は、貴重な映像になったな、と感じる。

 

 おそらく、水曜日の24時に再放送されるので、興味のある方は録画や視聴を推奨します。コロナ休校後の「まる」と取材班のやりとりの緊張感、は教員ならば見る価値ありです。そして、いろんなことを考えさせられます。