青い森のねぷたいブログ

青い森です。東京の某所で教職についています。教職に関することを主につぶやいていきます。

ねぶた祭りを考える2013

 毎年恒例で行っているねぶた祭りを考える、今年は五所川原にフル参戦したのでそれをふまえながらやります。


 8月7日かな、東奥日報に、五所川原立佞武多でホイッスルを認めるか否かについての記事が載っていました。そこでは、昨年度はカラスハネトが祭囃子を無視してホイッスルを鳴らし続けるので禁止していたけど、それじゃあ盛り上がらないってことで、今年はホイッスルを解禁した。ただし、これについても賛否両論あるよ、という記事でした。




 僕はこの時期になると毎年毎年語っていますが、この問題を考える上で、まず考えなければならないことは、祭りを「誰のためにやっているのか」ということです。




 青森や五所川原でカラスハネトが問題になり、一方で弘前ではあまり問題にならない。この差が何か、ということですね。




 前者は「観光客のために」やっている祭りであり、後者は「おらだぢ(自分たち)のために」やっている祭りだからだと思います。



 現にそれは、出陣団体の特徴を見ればわかります。弘前は茂森新町や松原町など、町内団体が多いのに対し、青森ねぶたは大型ねぶたでの町内参加はなし(もちろん、2・3日に出ている小型ねぶたはあるけど、あくまでもあれはメインではない)。そして五所川原も町内で出ているのは2〜3団体であり、多くはサークル団体である。



 こうなると、青森や五所川原の「おらほのねぶた(ねぷた)」という意識は、弘前のそれに比べれば格段に弱く、いやが応にも観光客がメインにならざるを得なくなる。




 観光客メインであるならば、隊列はしっかりしていた方はいいし、酒を飲んで暴れるなんてもっての外。そんなことしたら、観光客がケガしちゃうからね。
 だから五所川原でもここ3年ぐらいで、正装での参加がうるさく叫ばれ、団体の中に入ることが要求され、どこの団体にも所属できない人たちが「はんつけ」(仲間はずれ)にされ、結果、カラスハネトとレッテル付けされちゃうわけなんだよね。




 五所川原立佞武多は、かつては「おらほのねぷた」意識が強く、自由参加がある程度認められていた。しかし、急増するカラスハネトに対して、観光客優先の運営方針をとって様々な規制をかけた。結果としてトラブル自体はあまり起きてはいないのだが、「おらほのねぷた」意識は完全に弱まり、何ていうか、もう完全に観光客のためのショーと化している。特に去年あたりからそういう感じがより一層強まり、今年もそれが継続しているって感じかな。
 



 これはよくいえば、祭り自体の運営が安定期に入ったことを意味するが、悪く言えば、祭りではなく、青森ねぶたのように完全に観光客のためのショーとなってしまったことを意味している。立佞武多祭りではなく、立佞武多ショー。





 自分は、この日記に年に1回のペースでずっと書いていていることだし、今年も思っていることが変わってはいないので繰り返しになるかもしれないが、祭りは決して「観光客のため」ではなく、「おらほ」、つまり、地域に住んでいる人間のための祭りであるべきだと考えている。




 そう考えれば、どんな衣装であれ、暴力沙汰など、犯罪が起こるような状況でなければ、祭りとは誰でも自由に参加できる環境を保障すべきである。観光客に迷惑をかけるから、騒ぎたいわげもの(若者)をカラスとレッテルをはって排除するのなら、それは昔から脈々と続く、地域の「祭り」ではなく、「祭り」という名を借りたただの「ショー」でしかない。




 最近は、そういう「ショー」型の祭りが本当に増えた。それは、高知のよさこい、札幌のYOSAKOIソーラン、と同じ系譜であり、青森ねぶたも観光資源としてクローズアップされるなかで、そういう系譜に名を連ねることとなった*1




 五所川原立佞武多も今年で16年。いつしか「祭り」は「ショー」へと変わってしまった。3年ぶりに8月8日、最終日の光景を見てそう思った次第です*2。それは、長く立佞武多に携わっている立場からいえば、さびしい、との一言ですね。今年はさらにそれが強まった感じがします。多分来年も再来年もおんなじ感じでやっていくことでしょう。*3

*1:この辺は阿南透さんがねぶたについて、かなりの分析を加えている。それと自分の日記を「ねぶた」とか「よさこい」で検索すればいろいろと出てくるかと思う

*2:それまで最終日の8月8日は、運行終了後に大型の立佞武多3台がそろい踏みをして、3年目のねぷたを送り出すということをしていたのだが、去年かおととしぐらいから、それが運行前に繰り上げられた。カラスハネト対策だと思われる。立佞武多を最初から見ている人間としては、本当に情緒もへったくれもない、ただの形式的なものとなってしまったな、と残念に感じている

*3:さらにいえば、今年は戻り囃子をする機会がなかった。これは何もうちの団体に限ったことではないらしい。戻りのないねぷたは、本当に情緒もへったくれもない。この辺も五所川原市では何とか考えてもらえないだろうか。