大学院生時代に経験した「社会の見方考え方」を活用した授業
現在の学習指導要領(高校は来年度以降の学習指導要領)では、「社会的事象の見方・考え方」を育てることが重要視されています。しかし、社会科についてはどうしてもコンテンツありきの授業がまだまだ主流になっており、そもそも「見方・考え方」を活用させる機会のないまま授業が多いように思います。
しかし、学習指導要領改訂を機に、「社会的事象の見方・考え方」を働かせる授業を提案したり、「単元を貫く学習活動」を意識した授業というのも少しずつ広まってきています。
そしてこれが来年度からは、もっとコンテンツベースの授業が行われている高等学校に波及していきます。果たして「社会的事象の見方・考え方」を生かした歴史授業になっていくのでしょうか。
実は今の学習指導要領になる以前(今から12年前)、自分は修士論文で歴史解釈力を育てるためには、社会の見方考え方を育てる歴史授業を継続して実施することの重要性について研究していた。とはいえ、ストレートマスターだったので、年間や単元のレベルで実践することが難しく、何とかお願いして附属で「社会の見方・考え方」を意識した歴史授業を実践した。
学習内容は「アヘン戦争」。ここでは、分析的理論として「貿易」に着目させたMQとしては、「なぜイギリスはまわりくどい三角貿易をして茶を得ていたのか。また、なぜそれが可能だったのか」。この問いを通して、19世紀の三角貿易の特徴について理解させ、その上で、アヘン貿易の是非について考える授業だった。
主な問いは以下の通り。
Q1 イギリスは茶をどうやって手に入れているのか。
(MQの提示)
Q2 イギリスとインドの貿易関係が逆転したのはなぜか。
Q3 インドはこうした不利益な状態をなぜ拒否することができなかったのか。
Q3-1 イギリスの支配領域はどのようになっているか。
Q3-2 植民地とはどういう状態だろう。
Q4 イギリスは自国の綿布を中国に売ることができなかったのはなぜか。
Q5 なぜアヘンを売ろうと思ったのか。
(麻薬の特徴は何か。国内で禁止されている麻薬はどのように入ってくるのか)
Q6 こうした事態を、あなたが中国の官僚だったらどう対応するのか
Q7 あなたがイギリスの議員だったら、アヘン貿易をやめますか。続けますか。
Q8 イギリスはなぜアヘン貿易にこだわったのか。
(自国の植民地維持のために戦争をしていて、そのための戦費として銀が必要だった)
Q9 こうした事例は、他の時代や他のところでも起きていないだろうか。
今見ると、かなり網羅主義の色彩は強いが、それでも経済に注目させたり、事例研究としての歴史授業を意識していることが分かる。
で、この授業を2クラスしたのだが、「はまった」クラスと「はまらなかった」クラスに分かれたのである。片方は、Q2~Q5で説明される「イギリスに利益が入る貿易の構造」が共有されたことで、その後のQ7の答えの中で、
「軍事費とかがかかってしまう(から反対)」
「戦争で勝てたら植民地が増えてばく大な利益がえられる(から賛成)」
という意見となった。
また、この授業の感想では、
「幕末のペリーが開国を迫った日本に似ている」
「1年生の時に習った紅茶やコーヒーのことに似ている」
など、今回の授業と他の事例(授業)を比較させている生徒がいるなど、比較・転移の兆しが見えていました。
その一方で、やはりこうした授業はレベルが高く、「はまらなかった」クラスは、大部分が内容の難しさ・高度さを感じていました。特に、歴史の場合は、「戦争」や「植民地」など、社会事象の要素が複雑に絡み合っているワードを、特に説明せずに授業で提示した結果、生徒が混乱したわけです。生徒のリアクションペーパーにも、
「なぜ戦争につながったのか」が載っていないからよく分からない。それと、お茶の話はどこへ行ってしまったのか
と書かれていた。
また、「はまらなかった」クラスのQ7では、
「健康に良くないものを売り込むのはよくない(から反対)」
「国にとっていいことがある(から賛成)」
と、社会の見方考え方ではなく、自分の感覚で主張している状態だった。
個人的には、歴史総合の授業で目指しているものって、こういう「見方・考え方」を踏まえた授業なのではないか、と思っている。その時に気を付けないといけないのは、その概念や見方・考え方が生徒がどこまで理解できているか(理解可能か)を見定めなければならない。それが共有されないままだと、結局感覚で主張するか、知識を外的なものとみなして、「答え」を探して写経するだけになってしまう。
そして、この研究のもう一つの特徴は、協力してくれた附属の先生が、自分の教材をアレンジして授業をしてくれたことだった。その問いはこんな形だった。
Q1 ケシの花の写真を見せて、(これは何の花?)
Q2 ケシからとれる麻薬は何? (大麻・コカイン)
(=「麻薬」を導入部分に使っている)
Q3 中国とイギリスの関係はどうなっていただろう。
Q3-1 中国からイギリスへは何が輸出されていましたか。
Q3-2 イギリス人が好きなものは何? (紅茶を引き出す)
Q3-3 日本でお茶を作っているところはどこ?
Q3-4 静岡は日本でいうとどんなところにある?
Q3-5 静岡の気候は?
(=気候的にイギリスで需要はあるのだが、茶の生産が難しいことを理解させる)
(18世紀の「イギリス」の貿易状況を示しながら)
Q4-1 中国・インド・イギリスのうち、最も困るのはどこ? (イギリス)
Q4-2 なぜ困るの? (銀がなくなるから)
Q4-3 銀がなくなることはどういうことを意味するのか (財産がなくなる)
Q4-4 銀を取り返すにはどうしたらよいか (輸出を行う)
(19世紀、イギリスの貿易関係が逆転したことを示す)
Q5 なぜ、綿織物の輸出関係が逆転したのか
Q5-1 18世紀から19世紀の間に何がおきたのか? (産業革命)
Q5-2 インドは綿織物を何で作っていた? (手)
Q5-3 イギリスは綿織物を何で作っていた? (機械)
Q5-4 機械になったことで、綿製品はどういう風になった?
(安く、大量に作れるようになった)
(19世紀の三角貿易の図を示しながら)
Q6-1 三角貿易で最も困る国はどこか? (中国)
Q6-2 なぜ中国が困るのか? (アヘン中毒者が出てしまう・銀が流出してしまう)
Q7 なぜ、常用すると中国となるアヘン(麻薬)が昔も今も売買されているのだろう?
Q8 お金と命、どちらが大切だろう?
Q9 自分が豊かになるお金と、アヘンに苦しむ中国人の命、あなたはお金と命、どちらをとりますか?
Q10 アヘンの売買はどうしたら売買されなくなるでしょうか。
Q11 アヘンの82%を栽培しているアフガニスタンはどんな状況ですか?
Q12 清(林則徐)・イギリス(グラッドストン)に素晴らしい政治家がいたにも関わらず、アヘン戦争になってしまった。なぜアヘン戦争は避けられなかったのだろうか。
この授業の特徴をまとめると以下のようになる。
① 生徒にとって「理解可能」な麻薬の問題を導入に持ってきていること。
② 18世紀と19世紀で貿易状況を「対比」させている。
③ 問いの細分化し、「どのように(How)」の問いを増やしている。
④ Q8やQ9のように、現代に即した(哲学的でオープンエンドな)「問い」を示している。
⑤ 「多数決は民主主義にとって本当に有効な決め方か」「アフガニスタンの現在」などにつながるような授業展開にしている。
この事例は、あくまでも中学校の事例であるが、歴史総合で求めている「見方・考え方」はおそらくこうした「足場かけ」をていねいにすることが重要だと思う。この「足場かけ」がどこまでできるか、が歴史総合をより「有用性のある」授業にできるかの成否を分けると個人的に思っている。
12年前の自分の修士論文を引っ張り出してきて、主に「問い」に注目して授業分析を行った。個人的には、こうした「足場かけ」の授業をしないと、歴史総合は、「歴史上の出来事を外的な(客観的な)知識ととらえ、それを単に教え込むだけの授業」や、「とりあえず歴史に関係ある何かを調べさせ、それを発表する授業」になってしまう可能性が高いのではないか、と思っている。
また、こうした「問い」を軸にした授業にすることで、生徒と「やり取り」をしながら授業を作ることができるというメリットがあり、一緒に授業を創り上げていく事もできるし、生徒が「学んだ」という実感を得ることもできるようになる。時数は限られているかもしれないが、こうした授業を1つでも2つでも積み重ねていく事が、高校でも求められていると思う。